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緩和ケア病棟 - 父の最期

■2014年4月28日 

午前2時半ごろ、弟から電話がありました。

父の危篤の知らせでした。

24日のテールシチューパーティーのあと、
父は、安心したのか、急激に弱っていきました。

私たちは、5月の連休中に、また父を一時帰宅をさせる準備に
取り掛かっていましたが、父はそれを待ってはくれませんでした。

電話を受けた後、私と夫は、急いで宗像から車で病院にかけつけましたが、
父は息を引き取った後でした。
父の手をとると、まだ暖かく、本当にスヤスヤと寝ているようでした。

あっ。。。まだ、思い出すと涙が出てくるので、
ここからは、サラサラと行きます。

家族が最後のお別れをしている間、
病院のスタッフさんは、2時間ほど家族だけにしてくれました。
その後、「死亡宣告をしても、よろしいでしょうか?」と尋ねた後、
私たちの了承を得ると、お医者さんが来て、
一連の検査をして、死亡宣告がなされました。
1時間後には、死亡診断書を受け取りました。

それから、看護師さんから、葬儀社のリストを渡され、
どこの葬儀社を手配するのか、決めていただけますか?と、
言われました。

父は、典礼会館の互助会に加入していたので、
その旨を伝え、自分たちで、典礼会館へ電話しました。

典礼会館へは、看護師さんから聞いていたとおり、
南玄関へ午前11時に迎えに来てくださいと、伝えました。

また、このときに、決めておかなくてはいけないことが、ひとつ。

1. 直接、斎場へ父を送り出す。
2.一度、自宅へ帰り、仮通夜を自宅で行い、翌日、斎場へ送り出す。

(互助会の基本料金の中には、寝台車の使用は、1回の料金しか
含まれていないため、2 の場合は、追加料金が発生します。)

私たちは、2を選択し、一度、父を自宅へ帰らせてあげようと思いました。
また実際、葬儀の前日は、用意しなくてはいけないものが、
いっぱいあって、準備が大変なんです。
自宅の方が、準備が円滑にできました。

那珂川病院の緩和ケア病棟では、亡くなった後のお清めもしてくれます。
(つまり、お風呂に入れてくれます。)
以前から、死装束を準備しておいてくださいと、病院から言われていました。
昔だと、死装束といえば、白い着物と、頭に三角の布。というところですが、
今は、故人の好きだった服など、自由でいいそうです。
私たちは、いつも父が外出するときの服を用意しました。

お風呂からあがった父に、看護師さんが服を着せてくれ、
うっすらとお化粧もしてくれました。

その後、看護師さんから「お別れの会」をしても、よろしいでしょうか?と
聞かれました。
なんとっ!病院の父にかかわったスタッフさんが、みんな病室に
集まってくれて、一人ずつ、父との思い出を語ってくれたのです。
お医者さん、看護師さん、薬剤師さん、栄養士さん、入浴介助のスタッフさん。。
悲しい時間でしたが、とても暖かい時間でもありました。

それから、エレベーターのところまで、みなさんで見送ってくれて、
先生や一部看護師さんは、南玄関で私たちの車が
出発するまで、一緒にいてくれました。

普通の病院だと、亡くなった後は、安置室へ移され、
早く出て行ってくれと、せかされる話も聞きましたが、
ここでは、家族のために、最後まで病室でゆっくりと準備させてくれました。

本当に、最後の時間をこの病院で過ごすことができて、
父も幸せだったと思います。
スタッフのみなさま、本当にありがとうございました。

tag : すい臓がん 緩和ケア

緩和ケア病棟 - 3

■2014年4月24日

父の担当の看護師さんから、
「テールシチューパーティーをしませんか?」と、
話があったのが、4月12日ごろでした。

看護師さんが、父に何かやりたいことはないかと
尋ねたときに、父は得意料理のテールシチューを
もう一度、家族に食べさせてあげたいと、言ったそうです。

父は、このテールシチューのレシピをクックパッドに投稿していました♪

那珂川病院の緩和ケア病棟には、談話室の横に、
ミニキッチンがありました。
そこを使って、家族やスタッフさんも一緒に、父にレシピを確認しながら
テールシチューを作って、みんなで食べよう!!ということになりました。

それから、病院のスタッフさんも巻き込んで、みんなで準備をすすめました。
材料を買いそろえたり、圧力鍋を用意したり、
父も、その日がとても楽しみの様子で、少し元気になったようでした。

当日は、弟夫婦と、私とヤドカリ娘(私の娘)、それに母が参加しました。
弟夫婦の娘の姪っ子も、学校が終わってから、駆けつけてくれました。

そのときの様子はこちら ↓
(父のブログに私が投稿した記事からの抜粋です)

↓-------------------------------------------------↓

24日木曜日に、テールシチューパーティーをしました。

父が入院している那珂川病院の緩和病棟の
調理室を借りて、家族や病院のスタッフさんも参加して、
ワイワイと、とても楽しい時間でした。
父の笑顔を、いっぱい見ることができて、良かったです(^O^)

家族は、母と、息子夫婦(私の弟)、私とお嬢が参加しました。
1時から開始して、父の監督の元、みんなで野菜を切り、
味付けをして料理していきました。

お嬢と父の担当の看護師さんYさんとの対決 !(笑)
乱切りと言われて、「ランギリ?」と、固まったり、
「しいたけ、嫌い;」と文句を言ったり、お嬢は大変σ(^_^;)

父は、楽しそうに、そのやりとりを、見ていました。

テールシチューが出来上がったのが、5時過ぎで、父は少し疲れたようでしたが、車椅子からベッドにかえて、最後まで笑顔で参加しました。

父の前のテーブルで、みんなで「いただきます!」

先生は、シチューをお代わりして、カレーもペロリ!
父の提案で、2種類の味のシチューとカレーを作って、正解でしたww
看護師さんたちも、美味しい美味しいと、食べてくれました。
もちろん、私たち家族もお腹いっぱい、美味しくいただきました。

病院のスタッフの皆さま、特に担当のYさん、本当にありがとうございました。
おかげで、とても楽しい時間を父と持つことができました。

↑----------------------------------------------↑

緩和ケア病棟では、普通の病院と違い、
最後のひとときを、家族とともに過ごすことができたので
本当に感謝しています。

tag : すい臓がん 緩和ケア

緩和ケア病棟 - 2

■2014年3月28日

緩和ケア病棟に入院して、10日。
病院の車椅子を借りて、私の運転で、
近くの公園まで花見に、父を連れて行きました。

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(父のブログより、桜の写真)

慣れない車椅子の操作に四苦八苦しながらも
父母と一緒に、楽しい時間を過ごすことができました。

■2014年4月12,13日

一時帰宅で、父が自宅に戻ってきました。
このころになると、筋力の低下や痛みなどで、
ブログの更新も、できなくなってきていました。
私が時々、父のブログを代わりに更新していました。

でも、自宅に帰ると、少し元気が出たようで、
夕食に毛ガニを出したら、美味しそうに少し食べていました。

■2014年4月19,20日

2回目の一時帰宅でした。
このときは、私は実家に行けなかったのですが、
弟がつきっきりで面倒を見てくれました。

このころになると、もう自分で立つことも
できなくなっていました。

それでも、母が作ったお雑煮を、美味しそうに食べてくれたと、
母がうれしそうに、話してくれました。

tag : すい臓がん 緩和ケア

緩和ケア病棟 - 1

■2014年3月18日

那珂川病院の緩和ケア病棟に、父が入院しました。

かなり胃のあたりが痛かったのでしょう。
病院の先生から、「入院しますか?」と聞かれ、
すぐに、「はい。」と、返事したそうです。

那珂川病院の当時の緩和ケアの病棟について、説明します。
病室は、全部個室で20室。
室料なし 13室 
室料あり  7室

追加の室料なしでも、個室で、
トイレ、洗面台、ソファー、冷蔵庫がついています。
また、インターネットはLANケーブル接続で無制限・無料で使えます。

また、家族の希望があれば、病室に寝泊りすることも可能でした。

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(父のブログより 病室の写真)

ナースステーションの前には、広い談話室があり、
定期的に演奏会なども行われていたようです。

申し込んで、すぐに入院できるわけではなく、
1ヶ月くらいの入院待ちだったようです。
父のように、在宅緩和ケアをしていて、
通院しているとすぐに対応してくれるようです。

職員の方は、みなさん笑顔がやさしくて、
最後を過ごす場所として、苦痛を少なく、
そして、やりたいことをできるだけかなえてあげようと、
一生懸命考えてくださいました。

担当の看護師さんとは、本当に何度もミーティングを行いました。

体調が安定していれば、外泊も退院も自由です。
退院の場合も、病院付属の訪問看護ステーションを利用して
看護サービスも受けられ、連絡すれば、
いつでも再入院ができるようになっていました。

tag : すい臓がん 緩和ケア

在宅緩和ケア - 父の場合

■2013年12月24日

那珂川病院の緩和ケアの外来を、
初めて受診しました。

入院の条件は、いろいろあるのですが、
第一の条件は、こちら ↓ (那珂川病院HPより引用)

1.主に、生命を脅かすと判断された悪性腫瘍の
 患者さんのケアを行います。

そのため、抗がん剤治療など、治療を行っているうちは
入院できないとのことでした。

父は、当面、抗がん剤治療を続けながら、
那珂川病院の緩和ケア外来で、
痛み止めを処方してもらうことになりました。

那珂川病院では、他にも頚動脈狭窄症の
治療も受けていました。

■2014年1月~2月

食欲がなくなり、体重も減少していましたが、
基本的な生活は、全部自分でできる状態でした。

食事、トイレ、入浴は、介助なく生活していました。
ただ、筋力の低下などで、着替えがうまくできず、
お風呂あがりには、母が体を拭いて、
服を着させてあげていました。

また、ノートパソコンを使ってのブログ更新は、
3月まで毎日続けていました。

tag : すい臓がん 在宅ケア

在宅緩和ケア - 要介護認定

■2013年11月28日

私のブログ記事(12月12日)からの抜粋です。

両親は、福岡市南区に住んでいるため
南区役所の向かいにある保険福祉センター2階の福祉・介護保険課で、要介護認定の申請手続きをしました。

受付カウンターに行くと、職員の方がにこやかに、
用件を聞いてくれ、早速手続きの概要を説明してくれました。

申請は、本人の他、代理人の申請も認められています。
ただし、代理人の場合、その後の認定のための訪問調査のときに、
一緒に立ち会わなくてはいけません。

本人の名前、住所の他に、病状病歴、
かかりつけの病院と先生の名前など、
以外と時間をかけて、ゆっくりと申請書類を作りました。

それから、「認定に家まで、職員が伺いますので、都合のいい日を」と
訪問日と時間を決めました。
これで、手続きは終了。

申請には、身元確認ができるもの
(今年からは、マイナンバーが必要)
印鑑、
かかりつけの病院の診察券など
病院の詳細情報がわかるものが必要です。

■2013年12月10日

10時半から、認定のための職員さん(今度は女性の方)の訪問調査。
父と母の2人分の聞き取りだったため、終わったのは、12時近かったです。

訪問調査は、終わりましたが、この後、認定されるのは
約1ヶ月かかるということです。

区役所の方から、主治医に意見書を作成してもらい、
介護認定審査会が開かれて、やっと
「非該当」、「要支援1・2」、「要介護1〜5」の
どれに当たるかが決定されるのだそうです

■2013年12月24日

区役所より、郵便で、要介護認定の結果通知書が
送付されてきました。

父は、要介護2、母は、要支援1

結局、父の場合、この制度を使うことはありませんでしたが、
在宅介護をする上で、手続きして損はありません!

tag : すい臓がん 在宅ケア

そのときの家族の状況

父は、すい臓がんが再発した後も
抗がん剤治療を継続していましたが、
同時に、那珂川病院で、緩和ケアの準備を始めました。

緩和ケアの話を始める前に、
最初に、家族の状況を説明したいと思います。

私の実家は、福岡市内にあります。
西鉄の大橋駅からバスで、15分くらいのところです。
父と母の二人暮らし。。。なのですが、
実は、私の娘も、居候していました。
福岡市内の方が、通勤に便利だから。

父は、ブログの中で、娘のことを
「ヤドカリ娘」と、呼んでいました。(笑)

食事の用意も洗濯も、おばあちゃんまかせで、
夕飯のお皿洗いしか、手伝っていなかった娘ですが、
彼女の天性の才能で、二人を毎日笑わせてくれました。
いわゆる「天然ボケ」というもので。。(;^_^A

何かと、暗くなりがちなはずなのに、
明るく過ごせたのは、彼女の存在が大きかったです。

私との連絡役にもなってくれて、とても助かりました。

私の住まいは、宗像市にあって、
実家まで、高速を使って車で行くと1時間~1時間半、
公共の交通機関を使うと、2時間半くらいの距離です。

ちょうど、2013年は、夫が単身赴任中だったので、
私は、月の半分は、実家に滞在していました。
(夫は、2013年11月に、戻ってきました)

私の弟家族も、福岡市内に住んでいて、
車で10分くらいの距離でした。
仕事で、海外出張も多い弟でしたが、
福岡にいるときは、休日ごとに実家に来てくれました。
男手が必要なときなど、本当に助かりました。

さて、こんな状況の中、年が明けた2014年1月。
私が、癒着製イレウスで、1ヶ月半入院してしまいました。
そして、3月はじめには、夫が盲腸で入院。
まったく、なんということでしょう。。。です。(;^_^A

癒着製イレウスとは、以前、開腹手術をしたために、
おなかの臓器が、癒着して、小腸がねじれ詰まってしまう病気です。
2013年、私はイレウスの発作を4回ほど起こしました。
すっごく痛いです!!!

入院手術で、8キロも体重が落ちてしまって、
2月くらいは、本当にきつかったです。

最後は、愚痴になってしまいましたね。。。(;^_^A
ずっと、そばについていてあげたかったけど、
それができなかった後悔が、今でもあります。

介護というのは、まず介護する側の人間が
健康であることが一番です。
でも、そうはいかないのが現実ですよね~

tag : すい臓がん 緩和ケア

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