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そのときの家族の状況

父は、すい臓がんが再発した後も
抗がん剤治療を継続していましたが、
同時に、那珂川病院で、緩和ケアの準備を始めました。

緩和ケアの話を始める前に、
最初に、家族の状況を説明したいと思います。

私の実家は、福岡市内にあります。
西鉄の大橋駅からバスで、15分くらいのところです。
父と母の二人暮らし。。。なのですが、
実は、私の娘も、居候していました。
福岡市内の方が、通勤に便利だから。

父は、ブログの中で、娘のことを
「ヤドカリ娘」と、呼んでいました。(笑)

食事の用意も洗濯も、おばあちゃんまかせで、
夕飯のお皿洗いしか、手伝っていなかった娘ですが、
彼女の天性の才能で、二人を毎日笑わせてくれました。
いわゆる「天然ボケ」というもので。。(;^_^A

何かと、暗くなりがちなはずなのに、
明るく過ごせたのは、彼女の存在が大きかったです。

私との連絡役にもなってくれて、とても助かりました。

私の住まいは、宗像市にあって、
実家まで、高速を使って車で行くと1時間~1時間半、
公共の交通機関を使うと、2時間半くらいの距離です。

ちょうど、2013年は、夫が単身赴任中だったので、
私は、月の半分は、実家に滞在していました。
(夫は、2013年11月に、戻ってきました)

私の弟家族も、福岡市内に住んでいて、
車で10分くらいの距離でした。
仕事で、海外出張も多い弟でしたが、
福岡にいるときは、休日ごとに実家に来てくれました。
男手が必要なときなど、本当に助かりました。

さて、こんな状況の中、年が明けた2014年1月。
私が、癒着製イレウスで、1ヶ月半入院してしまいました。
そして、3月はじめには、夫が盲腸で入院。
まったく、なんということでしょう。。。です。(;^_^A

癒着製イレウスとは、以前、開腹手術をしたために、
おなかの臓器が、癒着して、小腸がねじれ詰まってしまう病気です。
2013年、私はイレウスの発作を4回ほど起こしました。
すっごく痛いです!!!

入院手術で、8キロも体重が落ちてしまって、
2月くらいは、本当にきつかったです。

最後は、愚痴になってしまいましたね。。。(;^_^A
ずっと、そばについていてあげたかったけど、
それができなかった後悔が、今でもあります。

介護というのは、まず介護する側の人間が
健康であることが一番です。
でも、そうはいかないのが現実ですよね~

tag : すい臓がん 緩和ケア

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